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2021年4月29日から、Netflixで配信が開始したアニメ『Yasuke -ヤスケ-』。

投稿:2021年4月29日から、Netflixで配信が開始したアニメ『Yasuke -ヤスケ-』。  
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戦国武将・織田信長に仕え、日本人初の黒人武士として知られている「弥助」が題材です。


あまり知られていないその存在を、アニメのストーリーやキャストなどと一緒に詳しくご紹介します。


アニメ『Yasuke -ヤスケ-』のストーリー あらすじをご紹介


2021年4月29日からNetflixで配信がスタートしたアニメ『Yasuke -ヤスケ-』のストーリーを簡単にご紹介します。



かつて武士としてその実力を見せていた黒人の弥助。現在は戦場から退き、船頭としてのんびりと暮らしていました。


ある日、酒場の歌手・一華から病にかかった娘を医者に診せに行くため、船で山を越えてほしいと頼まれます。一度は断る弥助でしたが…。


史実として知られている弥助とは異なり、アニメオリジナルの要素も含まれている歴史ファンタジーとなっています!


アニメ『Yasuke -ヤスケ-』のキャスト


アニメ『Yasuke -ヤスケ-』のキャストは次の通りです。


アニメ『Yasuke -ヤスケ-』の視聴方法


アニメ『Yasuke -ヤスケ-』は、Netflixでのみ配信されているオリジナルアニメです。


月額プランは3種類あり、980円・1,490円・1,980円の中から選択できます。金額に応じて同時接続できる端末の数も増えるので、家族で楽しみたいという方には1,490円〜のスタンダード・プレミアムプランがおすすめです。


メールアドレスなどの必要事項を入力し、会員登録を済ませると5,000を超える作品を視聴できるようになります。


Netflixでしか配信されていないオリジナルタイトルは、『Yasuke -ヤスケ-』の他にもさまざまです。


『Yasuke -ヤスケ-』はハリウッド映画としても公開予定だった


戦国武将・織田信長に仕えたとされている黒人武士の「弥助」は、アニメだけでなくハリウッド映画の題材としても注目されていました。


弥助役を演じることが決定していたのは、マーベル・コミック作品『ブラック・パンサー』でお馴染みのチャドウィック・ボーズマンさん。


ワカンダの気高き戦士を演じたチャドウィック・ボーズマンさんは2020年8月28日に、大腸がんで死去しました。


残念ながら映画『Yasuke』の撮影開始前に亡くなり、その後の続報はありません。


世界に影響を与えた黒人を、何人も演じてきたチャドウィック・ボーズマンさんの死は、『ブラック・パンサー』のファンをはじめ、たくさんの人々が衝撃を受けました。


織田信長に仕えた黒人武士「弥助」はどんな人物?


ここからは、アニメ『Yasuke -ヤスケ-』の元の人物になった日本人初の黒人武士・弥助がどのような人物だったのかをご紹介します。


さまざまな文献で部分的に描かれている謎の多い人物ですが、日本国内外からも注目されているので、これからも時代劇などで取り上げられる可能性が高いです。


近年では漫画やゲームにも登場しているので、ぜひチェックしておきましょう。


宣教師・ヴァリニャーノの従者だった


アフリカ出身の弥助は幼少期、奴隷として働いていたとされます。しかも、軍事奴隷として訓練されていた”ハブシ”だったのでは…とのこと。


「ハブシ」とは、北東アフリカの軍事奴隷を指す言葉です。十分な食事を与えられて訓練を積むハブシは、屈強な体で忠誠心も強い者が多かったそう。


1574年、イエズス会を広めるために旅をしていた宣教師・ヴァリニャーノ一行は、インドのポルトガル領へ。そこで3年間の査察を終えたヴァリニャーノが、戦乱の続く極東へ向かう際に用心棒として雇用したのが、弥助だったのではないかといわれています。


来日3年目で織田信長と初対面


ヴァリニャーノの用心棒としてインドを出発した弥助は、1579年に九州を訪れました。


日本にはヴァリニャーノたちが訪れる30年ほど前に、フランシスコ・ザビエルがキリスト教を布教するため来日していたこともあり、すでに10万人もの信徒がいたようです。


特に、九州地方と京都ではキリスト教の広まりは早かったそうで、京都にはイエズス会の教会堂「都の南蛮寺」が建てられました。


ヴァリニャーノたちが来日した翌年1580年、キリシタン大名として知られている大村純忠が長崎県のとある土地を、イエズス会へ贈ったとされています。


2年間を九州で過ごしていたヴァリニャーノたち。その間、九州ではキリシタン大名たちによる合戦が相次いだものの、弥助がその腕をふるう機会はなかったそうです。


日本を去る日が近付いていたヴァリニャーノは、1581年にイエズス会の布教活動の後ろ盾を得るため、当時最も実力のあった武将・織田信長に拝謁することを決意しました。


京都に到着した際に、「黒い大男がいる」という噂を聞きつけた1,000人以上もの群衆が教会堂に一気に詰めかけたそう。


死傷者まで出る騒ぎとなり、その騒ぎを聞きつけた織田信長が弥助の正体に興味を示し、自分のもとに連れてくるよう命じたとされています。


領主になるのでは…という噂もあった


弥助は、黒人を初めて目にした織田信長に驚かれ、何度も体を洗わせられたといわれています。また、「十人力以上」ともたとえられる力や体格、礼儀正しさを気に入られたそう。


後日、再び弥助を率いて織田信長の元を訪れたヴァリニャーノは、西洋の品々を献上するとともの弥助も一緒に引き渡されました。


イエズス会から織田信長に仕えることになった弥助は、森蘭丸と同様に小姓を命じられたそう。


軍事奴隷として培った戦場での知識を評価された弥助は、織田信長の刀持ちを命じられたり、安土城内に私宅を与えられたりしました。


織田信長から寵愛を受けていた弥助の存在は、城下でも噂になり「領主になるのでは…」との声も上がっていたようです。


本能寺の変で記録は途絶える


1582年、織田信長とともにいた弥助は、明智光秀の謀反による本能寺の変に巻き込まれます。


明智光秀の軍に囲まれた弥助たちは、織田信長の自刃する時間を稼ごうと必死に戦いました。


一説によると弥助は織田信長の密命を受け、本能寺から脱出したのではないかともいわれています。


脱出後、本能寺近くにあった教会堂ではなく、妙覚寺へと走った弥助。織田信長の嫡男・信忠に明智光秀の謀反を報せたそうです。


父を助けるため、兵を率いて本能寺に向かった信忠でしたが間に合わず、京都から出ていくことも諦めて明智軍とそのまま戦いました。


弥助も織田軍の侍として最後まで戦い、明智光秀は生き残った弥助を教会堂に引き渡すよう指示したとのこと。


生き延びた弥助の記録はこのことを最後に途絶えています。


何らかのメディアを通して弥助を知っている人も、初めて知った人も、戦国武将に大事にされていた1人の黒人がいたことを改めてアニメなどで確認してみてはいかがでしょうか。

コメント

    まだありません。

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