米国での深刻な薬物問題として知られる合成麻薬「フェンタニル」。その影響が、静かに日本にも波及し始めている。警察庁は7月25日、2000年以降、日本国内でフェンタニルに関する事件が17件発生していたことを明らかにした。
驚くべきは、そのすべてが医療用フェンタニルの不正使用によるものであるという点だ。事件の内訳は、医療関係者が関与したものが15件、処方を受けた人が他人に流用した事例が2件。たとえば、今年1月には宮城県で麻酔科医が自らフェンタニルを注射して逮捕されたほか、2023年には女性が処方された湿布を交際相手に使用し、男性が死亡するという痛ましい事件も発生している。
フェンタニルは、がんなどの強い痛みに使用される強力な鎮痛薬であり、正当な処方のもとでは非常に有効な薬剤だ。一方で、わずかな過剰摂取でも死に至る危険性が高く、乱用リスクが極めて高い。米国では非正規品が闇市場で流通し、フェンタニルが原因の薬物中毒死が年間7万人以上に上るとされ、国家的な危機と位置づけられている。
警察庁は、「現在のところ密輸や非正規品の乱用は確認されていない」としているが、すでに正規ルートでの逸脱使用が複数発生していることから、日本でも“静かなる脅威”が進行中であることは否定できない。
この状況を受けて、医療機関や処方管理の厳格化、一般市民への啓発など、多角的な対策が求められる段階に来ている。「医療用だから安心」「日本は大丈夫」——そうした油断が、事態を見えにくくしているのではないだろうか。
日本社会がフェンタニル問題にどのように向き合うのか、今まさに、その分岐点に立たされている。